今回は、東広島市が公表している「地区別人口・世帯数及び異動者数」の令和6年度データ(令和6年4月〜令和7年3月の12ヶ月分)を集計し、過去の人口動態推移と合わせて、この街にいま何が起きているのかを整理してみました。
数字の羅列になりがちなテーマですが、「何が問題なのか」「それはなぜか」「これからどうするのか」という順で読めるように書いていきたいと思います。

50年で見る東広島市 ── 成長から転換点へ
東広島市は長く「成長する街」でした。
1974年(昭和49年)の人口は約6.6万人。広島大学の統合移転(1982年〜)や産業団地の開発を経て、2022年(令和4年)には約18.9万人に到達。
約50年で人口が3倍近くになった、全国的にも珍しい成長都市です。
しかし、数字を丁寧に見ると、その成長の「中身」が大きく変質していることがわかります。
1974年の自然増減(出生−死亡)は +933人。
生まれる子どもが亡くなる人をはるかに上回っていました。
1994年でも +653人。ところが2009年には +423人 に縮み、2017年(平成29年)にはついに ▲69人 と、東広島市の歴史上はじめて「自然減」に転じます。

そこからの加速が急です。
2020年 ▲152人、2021年 ▲266人、2022年 ▲479人、2023年 ▲614人。そして今回集計した令和6年度(2024年4月〜2025年3月)は ▲683人 です。
出生数の推移がこの構造を物語っています。
1974年は年間1,392人、2009年は1,883人(広島大学周辺の若年人口増により一時的に増加)、そして2023年は1,294人。
令和6年度は約1,228人まで落ち込みました。
一方、死亡数は高齢化とともに増え続け、令和6年度は約1,911人。
差し引き 683人の自然減 が、毎年「中から」進行しています。
では、なぜ東広島市の人口がまだ19万人を維持しているのか。
それは 社会増(転入超過)があるからです。
大学、企業、半導体関連の投資などにより、令和6年度の社会増減は +1,496人。
この流入が自然減を上回っているから、かろうじてプラスを保っている。
しかし、3月の転出超過(▲459人、年度末の異動集中)を見れば、この流入も構造的に安定しているとは言えません。
令和6年度・地区別の集計結果
12ヶ月分のデータを集計した結果を、まず全体像としてまとめます。
東広島市全体(2024年度): 出生 1,228人 / 死亡 1,911人 / 自然減 ▲683人
▲683人 — 年間の自然減(出生1,228 − 死亡1,911) 一言:「生まれる数より亡くなる数が1.6倍。転入で補っている状態。
2016年:自然増減 +22(ほぼゼロ)
2017年:▲69(初めて自然減に転落)
それから自然減が続き、
2023年:▲614 2024年:▲683(今回集計した数字)
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 年間人口増減 | 約+813人 |
| 社会増減(転入−転出) | +1,496人 |
| 自然増減(出生−死亡) | ▲683人 |
| 出生数 | 約1,228人 |
| 死亡数 | 約1,911人 |
各地区の年間集計
| 地区 | 人口増減 | 社会増減 | 自然増減 | 出生 | 死亡 |
|---|---|---|---|---|---|
| 西条町 | +1,526 | +1,312 | +192 | 741 | 549 |
| 八本松町 | +96 | +177 | ▲67 | 224 | 291 |
| 志和町 | ▲109 | ▲8 | ▲102 | 14 | 106 |
| 高屋町 | ▲94 | ▲43 | ▲149 | 121 | 272 |
| 黒瀬町 | ▲221 | ▲21 | ▲186 | 93 | 279 |
| 福富町 | ▲74 | ▲8 | ▲41 | 1 | 42 |
| 豊栄町 | ▲76 | +11 | ▲65 | 4 | 69 |
| 河内町 | ▲46 | +59 | ▲102 | 12 | 114 |
| 安芸津町 | ▲188 | +17 | ▲159 | 18 | 177 |
この表を見れば一目瞭然ですが、西条町だけが人口を増やしていて、他の8地区はすべて減少しています。
西条町の年間+1,526人という数字は、他の8地区の減少合計(▲813人)を大幅に上回っています。東広島市の人口維持は、西条町への一極集中によって成り立っている。これが現在の構造です。
出生・死亡の倍率
| 町 | 出生 | 死亡 | 倍率(死/生) |
|---|---|---|---|
| 西条 | 741 | 549 | ×0.7(唯一の自然増) |
| 八本松 | 224 | 293 | ×1.3 |
| 高屋 | 121 | 272 | ×2.2 |
| 黒瀬 | 93 | 279 | ×3.0 |
| 志和 | 14 | 116 | ×8.3 |
| 河内 | 12 | 114 | ×9.5 |
| 安芸津 | 18 | 177 | ×9.8 |
| 豊栄 | 4 | 69 | ×17.2 |
| 福富 | 1 | 42 | ×42.0 |
西条だけが自然増。 他の8町は全部自然減。しかも周辺に行くほど倍率が跳ね上がる。福富は年間出生1人、豊栄は4人。この町は社会増(転入)でも補えないレベルで縮んでいる。
安芸津町の「いま」── 何が起きているのか
私が住む安芸津町にフォーカスします。
年間188人の減少。月で見ると、多い月は35人減(12月)、少ない月でも1人減(5月)。プラスになったのは9月の+7人のみでした。
この188人の減少の内訳が重要です。
社会増減は+17人。年間を通して見ると、わずかながら転入超過です。
つまり、「人が出ていって減っている」わけではない。転出と転入はほぼ均衡しています。
自然増減は▲159人。年間の出生はわずか18人、死亡は177人。安芸津町の人口減の約85%は、この自然減によるものです。
月別に見ると、死亡数は1月が30人と突出しています(冬季の高齢者死亡)。出生は0人の月が3回あり、年間を通じて月平均1.5人しか生まれていません。
この数字が意味することを、もう少し具体的に言い換えます。安芸津町では、毎月約15人の方が亡くなり、生まれてくる子どもは月に1〜2人。小学校の1学年はおよそ十数人規模。「子どもがいる暮らし」が地域の中で日常的に見えにくくなっているレベルです。
一方で、地区別の備考欄を見ると、「風早」地区の増減が目立ちます。大きく増える月もあれば大きく減る月もあり、集合住宅や特定施設の入退去による変動と推測されます。「三津」地区は恒常的に減少傾向です。
他地区との比較で見えること
安芸津町だけを見ていても、構造は見えません。
他の地区と比較してはじめて、安芸津町の「位置」がわかります。
福富町の年間出生は1人。豊栄町は4人。
人口規模が安芸津の4分の1程度とはいえ、出生率(人口千人あたり)で見ても福富町0.47‰、豊栄町1.42‰と、安芸津町の2.15‰よりさらに低い。「次の世代がいない」状態がすでに始まっています。
黒瀬町は安芸津より人口減少の絶対数が大きい(年間▲221人) ですが、中身は異なります。黒瀬町は社会減がわずか▲21人で、減少の大半は自然減(▲186人)。ただし、乃美尾地区で数十人規模の大きな増減が繰り返されており、集合住宅の入退去が数字を左右している可能性があります。安芸津のような「じわじわ全体が薄くなる」減り方とは質が違います。
西条町は唯一、自然増(+192人)を維持しています。 年間出生741人は市全体の約6割。若年層が集中し、「産み育てる」機能が西条に集約されている。逆に言えば、他の8地区では自然増を期待できる人口構成ではなくなっているということです。
この数字から何を読み取るか
1. 「移住促進」だけでは追いつかない
安芸津町の自然減は年間159人。仮に移住施策で年間20人の転入増を実現したとしても、自然減の12%しかカバーできません。移住施策は重要ですが、それだけで人口減少に対処できるという前提自体を、改める時期に来ています。
問われているのは、「何人呼ぶか」ではなく、「減っていく中でどう暮らしの質を維持・向上させるか」という問いへの転換です。
2. 「一律に配る」施策の限界
西条町と安芸津町では、人口の動き方がまるで違います。
西条は社会増+自然増で成長し、安芸津は社会増±0で自然減が進行する。同じ市の施策を一律に適用しても、効果の出方はまったく異なります。
必要なのは、地区ごとの人口構造に応じた施策設計です。成長する西条には成長の受け皿を、縮小する安芸津には縮小の中での暮らしの再設計を。「同じ量を配る時代」は、データが明確に終わりを告げています。
3. 安芸津には「とどまる力」がある
社会増減+17人という数字は、悲観だけの材料ではありません。人口8,000人台の小さな町で、転出超過になっていないということは、「出ていく理由がない」あるいは「ここに居たい理由がある」人が一定数いるということです。
この「とどまる力」を可視化し、「入ってくる理由」に変えていくことが、安芸津の地域づくりの起点になります。
4. 「減り方のスピードを制御する」という現実目標
人口減少を「止める」ことは、いまの安芸津には現実的な目標ではありません。
しかし、「年間188人減」を「年間150人減」に抑えることは、具体的な施策の組み合わせで可能な範囲です。
社会増を年間+30〜40人に引き上げ、自然減のカーブを少しでも緩やかにする(高齢者の健康寿命延伸、子育て環境の整備)。この二つを組み合わせることで、減少スピードを2〜3割抑制できれば、地域の持続性は大きく変わります。
おわりに
東広島市は、いま「成長する街」から「構造が変わる街」への転換点にいます。
西条を中心に人口は維持されていますが、実は周辺地区の自然減は加速し、出生数はかつてないレベルまで落ち込んでいるのは人しておかなければいけないと思います。
この変化を「仕方ない」で終わらせるのか、「構造を理解した上で手を打つ」のかで、10年後の景色がまるで違う気がしています。
同じ量を配るのではなく、それぞれの地区に合った仕組みを設計する。
そのために、まず「いま何が起きているのか」を正確に把握する。
このブログが、そのための材料のひとつになれば幸いです。
以下参照資料